昨日、友人に自分の体のことを話しました。
体調が悪かったときは簡単に話せませんでしたが、今なら話せると思いました。
話してみて、友人からの言葉に心が晴れた気がしました。
以下は私(黒)と友人(青)の会話です。
「パニック障害っていう病気でさ・・・結構大変なんだ」
「ふ~ん。俺はよく分からないけど、1日中ずっと辛いの?」
「そうじゃないけど。特定の場所や状況になると不安になって発作が起きる」
「そうか・・・常に辛い訳ではないんだね」
「そう。でも、不安なまま行動するのって疲れるよ」
「そりゃそうでしょ。俺だって行きたくない所に行くのは嫌だし、俺の場合下痢になっちゃう(笑)」
「でもさ、誰だって嫌いな場所ってあるよね。自分では気づいてないけど、それも一種の恐怖症だよね」
「うん。ただ俺らみたいに病気になっちゃうと、体が過剰に反応しちゃうからね」
「こんなこと言っていいかな~?何か聴いてると、そんなに深刻なものじゃない気がするんだけど」
「何で?」
「だって今だって普通に話しているし、顔色も良いし、体は健康でしょ?発作は辛そうだけど、一時的な感じでしょ?それが嫌なんだろうけど・・・」
「まあね。体は健康だけど・・・だからこそ自由に行動できないのがくやしい」
「誰だって持病の1つや2つ持ってるよ。俺だって、裸眼じゃほとんど見えないくらい視力弱いし、緊張すると下痢になっちゃうし・・・みんな苦手なものを抱えてる」
「そうだよね~・・・」
「俺はその病気のことよく知らないけどさ、常にどこか痛かったり不自由だったりじゃないんでしょ?だったら、適当に付き合っとけばいつか忘れるんじゃない?お前は何でも真剣に考えすぎるから・・・もっと肩の力抜いて楽に生きようよ!何にでも全力だったら、誰だって息切れするよ。」
「なんかお前と話してると、悩んでるのがアホらしくなってきた。適当に生きてみるよ!(笑)」
「そうそう、何でも適当が一番。100点目指して勉強してたら、どれだけ問題解いても心配でしょ。赤点じゃなかったらそれでいいの!!!」
とても気持ちが楽になりました。
確かに、1日中ずっと辛い訳ではありません。
不安や発作のことばかりに気を取られているから、常に体調が悪いと勘違いしていました。
「素人の発想は面白い」とはこのことです。
もっと心配してくれよ!とも思いましたが、友人からすれば心配する程のことじゃないと思ったのでしょう。
他人からすれば、その程度の病気なのかもしれません。
私達は、辛い経験を何度もしているから深刻に受け止めてしまいます。
けれど「過去の経験と治すことに執着しすぎているのかな?」と話していて思いました。
友人が言った、「赤点じゃなかったらそれでいい!」という言葉に感動しました。
私は「あるがままを受け入れる」という森田療法を続けています。
それは、パニック障害を治す為にやってきました。
その他の行動も、全て治すことを意識してやってきました。
でも、そこばかりに執着するのをヤメようと思います。
「治すことへの執着=頭から離れない」ですからね。
治す努力は必要ですが、忘れる時間も必要です。
今までは「一刻でも早く治したい!」でした。
これからは「いつか忘れて治ってるよ!」という気持ちで毎日過ごしたいと思います。